「コトタマ学とは」 <第二百八号>平成十七年十月号
   第四章 言霊学の歴史
 私達日本人の先祖が言霊の原理を発見してから、数千年の年月が経ちます。その間、言霊の学問は、幾多の変遷を重ねて来ました。そしてその変遷の都度、世の中に大きな影響を与えてきました。言霊学の変遷は、社会相を根底から揺り動かすこととなります。その歴史についてお話しましょう。

   言霊学の歴史 その一
 言霊について今まで色々とお話をしてきました。言霊の学問は世界の屋根といわれる高原地帯が発祥の地だとか、聖(霊知り)の集団が推定八千年前頃この日本に渡って来て、その原理に基づいて日本語を作ったとか……現代人があまり耳にしていないようなお話でした。これまでお読み下さった読者は、一様に不審に思われるのではないでしょうか。それは「それほど確信をもって著者が言霊の存在と意義を主張するにしては、日本の社会にあまり知れ渡っていないのはどうした訳なのか?」の疑問でありましょう。

 それは当然の疑問です。筆者も三十年ほど前、初めて言霊の学問に出会った時、日本語の起源である言霊の学問の奥深さと合理的なことに驚くと同時に、その疑問を感じたものでした。ある時代に盛んであったものが、時の経過とともに人々から忘れ去られていくということはもちろん珍しいことではありません。けれど私たち日本人が数千年の間日常使っている自分達の言葉の起源となる法則が、ただ「コトタマ」という言葉だけを残して世の中から埋もれてしまうことなんてあるのだろうか。それとも国家民族にとって一番大切なもの―その民族の言葉の起源法則―が人々の関心を失ってしまうには、何か事情があるのだろうか。筆者はその当時、そう考えたこともありました。

 そんな疑問が、筆者の言霊学の師であった小笠原孝次氏という方から日本の古典である「古事記」「日本書紀」の講義を聞いて即座に吹き飛んでしまったのでした(氏は昭和五十七年十一月二十九日東京都渋谷区幡ヶ谷で七十九年の一生を終えられました。生涯を言霊学の研究に捧げられた方です)。

 師の「古事記」「日本書紀」の講義は、歴史学・東洋哲学・西洋哲学・宗教学・心理学・言語学・文学等々にわたる、広い知識に裏付けられた厳格であるとともに明快なものでありました。
 師の遺著「古事記解義、言霊百神」の一番初めの章を数行ご紹介します。

   〔天地のはじめの時〕
 天地(あめつち)は今・此処で絶えず開闢(かいびゃく)しつつある。「古事記」が説く「天地のはじめ」とは天文学や生物学や歴史の上の観念で取り扱うところの事物の初めを言っているのではない。「古事記」神代巻は必ずしも過ぎ去った大昔の事を取り扱っているわけではない。今が、そして此処が、すなわちnow-hereが恒常に天地の初めの時であり場所である。すなわち天地は実際に今、此処で絶えず剖判し開闢しつつある。その今を永遠の今という。この事を禅では「一念普観無量劫、無量劫事即如今」(無門関)などという。「永劫の相」(スピノザ)とも言う。そしてその場所が常に宇宙の中心である。この今、此処を「中今(なかいま)」(続日本紀)と言う。

 明治生まれの師の文章は、時に現代人にとって難解なところがありましたが、「古事記」の神代の巻の最初の文章である「天地の初発の時」を、計り知れないほど大昔の始まりのことではなく、心の宇宙の内部に人間の思考が始まろうとする一瞬の時、すなわち、「今」なのであることを発見したことは、従来の「古事記」の解釈に百八十度の転換をもたらすこととなりました。

 そこで当然、「古事記」の神代の巻の文章は、大昔宇宙や太陽や地球が始まったことをいっているのではなく、心の宇宙の内部に人間の思いや考えが始まり、次第に頭の中で練られ、一つのまとまった言葉として現われてくる、人間の心の構造を示している、ということになります。しかもその事情を神話の形式で書き表しているのです。何故そんな回りくどい神話形式をとって、心の構造をズバリそのまま書かなかったのでしょうか。 

 「そんな、こんな」を頭に入れながら「古事記」を読んでいきますと、日本の古代の歴史の経緯(いきさつ)や言霊の歴史、それに古代の私たち日本人が到達していた心の知識の奥深さ等々をはっきりと窺(うかが)い知ることが出来ます。

 「古事記」や「日本書紀」は単なる古典文学というだけではなく、日本語の起源である言霊の学問の伝言書でもあることです。またそれによって言霊の学問の消長の歴史も明瞭に知ることが出来るのです。 

(次号に続く)

   日本と世界の歴史 その八

 ここでもう一度神選民族であるユダヤ民族に附託された人類の第二物質科学文明創造の目的について考えてみましょう。神選民族とは神によって選ばれた民族という意味です。神とは鵜草葺不合皇朝第六十九代神足別豊鋤天皇のことを指します。神足別とは「神のトーラを分け与えた」の意です。トーラとはユダヤ民族の十戒と裏十戒、即ちカバラの原理のことであります。使命を授かったのはモーゼとその霊統を受け継ぐ代々の予言者(霊能者)を中心としたユダヤ民族のことです。特にそのユダヤ民族の使命と魂の始祖であるモーゼには次のようなことが旧約聖書に伝えられています。

「斯(か)くの如くヱホバの僕(しもべ)モーゼはヱホバの言(ことば)の如くモアブの地に死(しね)り。ヱホバ、ベテペオルに対するモアブの地の谷にこれを葬(ほうむ)り給へり 今日までその墓を知る人なし モーゼはその死たる時 百二十歳なりしが その目は朦(かす)まずその気力は衰(おとろ)へざりき………イスラエルの中にはこの後モーゼのごとき予言者おこらざりきモーゼはヱホバが面(かほ)を対(あわ)せて知りたまへる者なりき……」(申命記三十四章)

 その使命の第一は、失われた故国を離れ、ヨーロッパやその周辺の国々の中に入り、彼等の産業・経済の分野ですぐれた才能の下に、各地に生存競争社会を醸成させ、その競争に勝利を得て、隠然とした勢力を築き、先に日本より外国へ向かった須佐男物質科学研究集団の後を継ぎ、またはその中核となり、徐々に物質科学研究に成果を挙げて行きました。かくの如く、人類の第二文明である物質科学研究を発達させ、その究極に「物とは何か」の最終結論を発見すること、これが第一の目的であります。第二の使命は、物質科学研究とその成果によって生み出された金力、武力、権力を駆使して、世界の国々を動かし、その末に、地球上の国家をすべて再統一することであります。

 先ず第一の生存競争社会の醸成と、その状況を利用することによって物質科学研究を促進して行く様子から見て行くことにしましょう。先にお話しましたように、日本から出発した須佐男物質研究集団は、初めは日本の精神原理を物質の客観的研究に応用することにより始まったのですが、その後、ユダヤ民族の西漸の集団の力と一緒になり、物質科学研究の普遍的な研究方法の法則が発見されて行きました。物を分析し、その結果を観察し、次にその変化を数値を以って表わす現代科学の研究方法が極めて徐々ではありますが、開発されて行ったのであります。

 物質科学だけでなく、産業・経済社会を客観的に研究する方法が開発されて行く中、ユダヤの予言者達が持つカバラの原理は、その客観的研究に於て、それを誘導するのに役立つこととなった事が窺えるのであります。物質も、また各種の社会活動の法則も、その研究の内容は、これも先に説明したことですが、正反合の三角弁証法によって進歩します。この時、正―反から合の結果が出て来るのは時の変化にまかされることとなります。正―反の流れだけでは合の結果は出て来ません。この時、ユダヤ民族に授けられたカバラの原理が言霊学の父韻と子音の関係を示すウ段の父韻カサタナハマヤラ(金木音図)、オ段の父韻(カタマハサナヤラ)の内容を持ったものとするなら、時の自然の経過に委ねるのではなく、人が自覚出来る方法によって正反から合を導き出すことが可能となるでありましょう。かくてユダやのカバラの原理は、物質の客観的研究のみならず、一切の人間の客観的方向の研究に於て、その競争に勝利する絶対有利な立場に立つ事を可能にすることとなります。

 ユダヤ民族が西漸を始めてより二十世紀にいたる二千年余の間、弱肉強食の生存競争社会は、個人はもとより、民族・国家間の紛争の規模は次第に大きくなり、各国家の首脳は軍備の蓄積に奔走し、それに応じる如く武器を製造するための作業は大型化し、そのための科学研究は盛んになって行きました。中世を経てルネッサンスの時となり、次いでヨーロッパの各国は大船の建造、重火器の研究が進み、近代に入って世界中に植民地獲得競争の時代となり、物質科学研究は目を見張る程の進歩を遂げて行きます。その上、イギリスに始まる産業革命の後では、科学研究の成果を従来では想像もつかない程の大規模産業の増大に結び付けて行ったのであります。蒼く澄んだ空と緑の野を、黒い煙突の林立する町と黒煙朦々たる空に変えて行ったのであります。それと同時に中世まで社会生活の中心にあった信仰の神に代って、物質研究に於ける科学的真理の偉大さに対する信仰が重きを置くようになって来たということが出来ましょうか。

 物質科学の研究が各研究分野で長足の進歩を遂げた結果、人々が消費する日用品から大型機械に至るまで、その製造産業も大規模となります。それにつれて、経済・金融活動も規模が大きく発展して行きます。産業革命以後は、金融機関(銀行等)も大きくなり、国家の枠を越えて国際化されて行きます。また各種科学の研究も国際化されて行きます。情報分野の活動も同様、一国の枠を越えて国際化され全世界に情報網が広がります。各種科学研究機関ばかりでなく、銀行、情報等の国際化の傾向を促進させる動きの中心には必ずユダヤ人の手が入っていることは昔より知られています。彼等の科学研究、産業・経済活動の才能の優秀さは、右の様な世界・社会の中で抜群の手腕を発揮し、それ等の機構の中心的地位を占めて行きました。彼等が持つ産業・経済活動による豊富な資金、並びに優秀な金融支配の才能は、正に世界中の金の流れを自分の思い通りに動かすことが出来るまでに強力な力を蓄えつつあります。その経済力を駆使して彼等は何を意図するのか。勿論、その科学研究の成果によって得た金力、武力、権力の巨大な影響力の下に、世界を言霊ウとオの面から再統一することであります。その集大成の時である二十世紀の状況の説明に入ることにしましょう。

   二十世紀

 古事記神話にある三貴子、天照大神・月読命・須佐男命の中の言霊イとエを司る天照大神が天の岩戸にお隠れになったこと、言い換えますと、神倭皇朝第十代崇神天皇が人類の第一精神文明時代の基礎原理である言霊布斗麻邇の原理を隠してしまってから約二千年が経過し、キリスト世紀でいう二十世紀は人類文明の各分野にとって重大な節目を迎える時となります。その様相を次に列記しましょう。

 三貴子の中の天照大神、即ち言霊の原理が社会の裏に隠没し、社会の人々の心を支配するのは月読命(言霊ア・オ、宗教・哲学・芸術)と須佐男命(言霊ウ・オ、産業・経済・科学)の二大分野に分かれました。この二分野は初めの間は精神と物質、宗教と科学精神として相拮抗して、時には協力し合い、時には反発し合って文明を創造し、歴史を創って来ました。しかし中世からルネッサンスを経て、産業革命以後は次第に須佐男命の支配分野である産業・経済・科学研究の長足の進歩により、年々その勢力に差が出て来ました。須佐男命の物に対する人間の意識が、月読命の心に向う人間意識を次第に圧倒して行くようになって行きました。物欲が良心を次第に押し潰して行きました。そして二十世紀に入り、宗教信仰と科学信仰を天秤にかけますと、次第に科学信仰の方が重くなり、下がり始め、終には下り放しとなってしまいました。宗教人自身もその変化の傾向に負けて、信仰を世界・社会の平和より故人の欲望的幸福の御利益のみを強調して当り前と思うようになりました。須佐男命の打ち出すブローに月読命はノックダウン寸前の様相を呈しています。科学が宗教の神に代って人類の神になりました。人々は自分の中にある神をすっかり忘れてしまったのです。物質(金)が精神を圧倒してしまいました。これが二十世紀の特徴の第一でありましょうか。

 二十世紀前半は物質における科学研究の原子核法則発見の時代、後半は生命の人体構造DNA発見の時代と称せられています。二十世紀の始め頃興った物質の先験構造解明の研究は急速に進み、原子核内エネルギーの発動に成功し、人類の手によって発明された初の原子爆弾が日本の広島、長崎に投下され、第二次世界大戦は終りました。その原子力エネルギーの平和利用の研究が進歩、発展し、今では世界中に無数の原子力発電所が建設され、稼動しています。四、五千年前より始まった「物とは何ぞや」の人類の物質研究は此処に一応の任務を成し遂げたことになります。

 二十世紀の後半は科学の研究のメスが人体の生命の遺伝子構造内に入ったことが特筆されます。これによって人体は勿論、動物、植物の分野でそれ以前には考えることも出来ない作業が生命体の中に加えられ、その途上にはクローン人間さえ可能な状況を造り出しました。この研究を人間の好奇心のおもむくままに、野放図に許すならば、この世の社会は魔物の跳梁する地獄の様相を思わせる恐ろしいことにもなり兼ねません。けれどそれが事実となってしまいました。科学研究のメスが人間自らの生命の中に入ったのです。科学が人間の生命構造の客観的解明の研究に成功した事は事実となりました。かくして二十世紀は物質的客観研究の成果が「物とは何ぞや」を解明し、人体に於ては生命遺伝子の構造解明に歩を進める世紀となりました。それに加えて、この世紀に特筆すべき成果として、人類が地球以外の宇宙へ乗り出した時であることが挙げられます。またIT科学の進歩によって情報手段の驚異的進歩も見逃す事は出来ません。今は、ただ一人の人間が、掌に乗る程の機器を持つだけで居ながらにして世界の出来事を知ることが出来るようになりました。

 以上列挙した物質科学研究の成果を総合しますと、先にもお話したように、人類の第二物質科学文明時代は一応の完成を遂げたと明言して差し支えない事と思われます。科学研究は今後共続いて行くことでしょう。けれど「一応の完成」と申上げたのには訳があります。物質科学の研究・開発、産業・経済の拡大・発展の社会風潮を今のまま野放図に進めて行ったら、地球人類の明日が消滅しかねない環境危機の到来が必然のものとなって来たからであります。

 言霊布斗麻邇の原理とそれによる世界統治の業を日本古神道と呼びます。これを隠没させるに当り、新しく神社神道を創設しました。言霊の原理そのものは隠し、その象徴や儀式形態のみを以ってする宗教を創設し、人心の安寧に寄与させたのであります。その時以前、日本の古代に於ては人が神を拝む風習はなかったのです。それ故、神社神道では儀式の形式に言霊原理の象徴を形にしたものを取り入れ、また儒教・仏教の儀式を真似て信仰形式としたものであります。

 言霊の原理とその運用法である天照大神が岩戸の中に隠れ、後に残った宗教・哲学・芸術担当の月読命と産業・経済・科学を担当する須佐男命の人間精神の二大分野は、初めの間は互いに協調し合って社会の福祉と発展のために働いて来ましたが、産業革命を過ぎた頃から物質科学の研究が飛躍的に進歩発達した結果、人類は次第に祭壇の奥に祭られる信仰の神より、目に見えて生活を便利にしてくれる科学に憧憬の目をより多く向けるようになりました。昔、ヨーロッパで聞かれた「哲学の貧困」「神は死んだ」「ヨーロッパのたそがれ」等々の言葉は、実は全世界の人々のものとなって行きました。人間の内部に当然あって然るべき「愛」「慈悲」「平等」「勿体無い」「大自然保護」等々の月読命担当の分野の叫びは、なくなりはしないけれど社会に於ける比重は急速に少なくなっていきました。「神」が「欲望」にねじ伏せられて行きました。心中に当然あるべきものの抑圧は、その度が一定基準を越えれば、思わぬ破局となって現われます。原水爆戦争の恐怖、地球温暖化、大気オゾン層破壊、気象異状変化、それに青少年犯罪の激増、挙げれば切りが無い程の社会環境の矛盾が人々の頭にかぶさって来ます。

 上のような地球上の情況をどう解決したらよいのでしょうか。発展して行く科学研究の勢いを加減する事でしょうか。そんな事は出来ないでしょう。もしそんなことをしたら、抑圧された科学研究の力がどんな弊害となって現われるか分かりません。一度萎んでしまった真の宗教の力を元の隆盛に取り戻すことでしょうか。それも不可能でしょう。何故なら人類社会の歴史の進展は先に述べましたように正―反―合の弁証法的発展です。勢いの止まらない科学研究の「正」と、それの障害となる地球環境の破壊の「反」とを受けて、双方を共に十二分に受け入れることの出来る「合」の立場を手にするためには、全く新しい新鮮でしかも厳密な立場が要求されて来るからであります。人類がそんな力を手にすることが出来るか、否か。人類の運命がそこに懸かっているという事が出来ます。二十世紀の人類社会はこの新しい人間の神性の発見を次の世紀に祈るが如き気持ちで宿題を遺して行ったと解釈すべきでありましょう。

 以上、人類の第二物質科学文明の歴史の中の特筆すべき二十世紀の成功とその影の情況を簡単に検討しました。簡単に済ませましたのは、私達二十一世紀に入った人達にとって二十世紀の出来事のすべては人それぞれの体験の想起により、また種々のメディアの情報によって生々しく知っている事と思われるからであります。さて二十世紀の科学の成果と並んで、その間のユダヤ民族の使命である「科学研究の成果より得た金力・武力・権力による世界統一の仕事」としての二十世紀は如何になっているか、の検討に移ることにしましょう。

 二十世紀は過去の世紀に増して大小の戦争が地球上に起りました。第一次・第二次の世界大戦の他に、日本では日清戦争、日露戦争、満州事変、日支事変と続きました。第二次世界大戦の後では米ソ冷戦となり、世界の各国はアメリカ、ソビエト両国のどちらかの陣営の鉄の枠の中に閉じ込められ、うすら寒い年月を過ごすこととなりました。ソビエト崩壊後の世界では各小国、民族間の戦争が堰を切った如くに起り、イスラエルとアラブの抗争、アラブ同士の戦争、そしてその果にイラクをめぐる二回のアメリカの戦争と続いています。イエス・キリスト誕生以来、地球上に戦争がこれ程多くおこった世紀は他にあるまいと思われる二十世紀でありました。

 二十世紀に入る数百年前より西漸のユダヤはヨーロッパの各国に入り、生存競争を煽り、科学研究を盛んにする活動に拍車をかけて行きます。打続く戦争の合間を縫うように彼等の活動の拠点を各国に移動させて行きます。イタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、オランダ、ベルギー等々にわたり、その本拠を置く国家は、あたかもその国が世界経済の中心地であるかの如き活況を呈する事でそれが知られます。そして二十世紀に入り、その拠点はイギリスに移ったものと推察され、次いで第一次世界大戦以後は更に西進し、アメリカに移り、ニューヨークのウォール街を中心としてアメリカ合衆国経済は勿論のこと、全世界の経済を自らの掌の上に動かす如く、裏の采配を振い、その世界経済を「わがもの」の如く動かすのに成功したのであります。経済ばかりでなく、政治・産業・学術・法曹・新聞・テレビ・医学等の分野に於ても隠然とした影響力を持つことはよく知られている所であります。

 世間では「ベニスの商人」の話にある如くユダヤ人は地域々々の人々の財産を搾取し、それによって手に入れた金を使って社会を我が物顔に牛耳ると思い勝ちであります。けれど経済的に膨張した最近の世界を動かすには、いかに彼等の手にする金力が多大であっても、とても足りるものではありません。彼等は言霊ウ次元の社会現象を意のままに動かすことの出来る彼等の原理「カバラ」を適用して、世界にめぐらした情報網を通して、世界の経済を自分の金庫の中の金の出し入れの如く操る事が出来るのであります。と同時に、現代世界の人々の心を自分の心の金庫に入れて、世界中の人々の心を洗脳しています。二十世紀は彼等の金と心の金庫の中に世界中の物と心を封じ込めてしまう作業が略ゞ完了したもののように思われます。彼等自身一度としてこの現社会に顔を出すことなしに。その結果、世界中の国々のほとんどはユダヤの武力と金力と権力の下に経済的、情報的に統一の傘下に組み込まれたと言って差し支えなくなったのであります。残るはアラブの一部と北朝鮮のみ。鵜草葺不合皇朝六十九代神足別豊鋤天皇のユダヤの始祖モーゼに賜った勅語が思い出されます。「汝モーゼ、汝これより世界の人々すべての守り主となれ」(武内古文献)。

 人類の第二物質科学文明時代に於ける神選ユダヤ民族の二つの使命、世界に弱肉強食の生存競争社会をつくり、物質科学研究を興し、「物質とは何か」の科学を完成させ、更にその成果より得る金力・武力・権力によって地球の各国、各民族の再統一を実現せよ、という使命の実行の成果は略ゞ完成に近づいたということが出来ましょう。この意味で二十世紀とは人類が新しい歴史創造を始める土台となるユダヤ民族の業績の終着の時代ということが出来ます。

 と同時に、この第二物質文明創造促進のために方便として社会の表から隠没した第一精神文明の基礎原理であるアオウエイ五十音言霊の原理が二千年の眠りから目を覚まし、新しい時代を築く精神原理としてこの世に甦る動きが起り、昔ながらに復元完成に近づいた世紀でもあります。今から百年程前、明治天皇と皇后が言霊原理の存在に気付かれ、山腰弘道氏を補佐としてその復元の作業を始められ、その研究は山越明将氏に、そして小笠原孝次氏に引き継がれ、更に当会が後任の責に当り、以上の他幾多の先輩の業と共につい最近に到り、古代にあったと同様の姿とその自覚に成功いたしました。かくて精神文明の原理と物質科学文明の成果が地球・宇宙という土俵上にて土俵入りすることとなり、人類の第三文明時代の幕明けを迎える準備は略ゞ相整った事となります。以上が二十世紀の実相なのであります。

(次号に続く)