「古事記と言霊」講座 その十八 <第百七十七号>平成十五年三月号 |
古事記神話の総結論となります「禊祓」の行法の文章に進むことといたします。
かれ投げ棄(う)つる御杖に成りませる神の名は、衝き立つ船戸(つきたつふなど)の神。次に投げ棄つる御帯(みおび)に成りませる神の名は、道の長乳歯(みちのながちは)の神。次に投げ棄つる御嚢(みふくろ)に成りませる神の名は、時量師(ときおかし)の神。次に投げ棄つる御衣(みけし)に成りませる神の名は、煩累の大人(わずらひのうし)の神。次に投げ棄つる御褌(みはかま)に成りませる神の名は、道俣(ちまた)の神。次に投げ棄つる御冠(みかかぶり)に成りませる神の名は、飽咋の大人(あきぐひのうし)の神。 いよいよ人間精神上最高の心の働きである「禊祓」の言霊学上の解明が行われる事となるのですが、ここで今までに幾度となくお話した事ですが、この禊祓が行われる場面の状況について重ねて確かめておき度いと思います。 伊耶那岐の命と伊耶那美の命は共同で三十二の子音言霊を産みました。ここで伊耶那美の命は子種が尽き、自分の仕事がなくなったので、本来の住家である物事を客観的に見る黄泉国(よもつくに)へ高天原から去って行きました。 一人になった伊耶那岐の命は先天十七言霊と後天三十二言霊、計四十九言霊をどの様に整理・活用したら人間最高の精神構造を得るか、を検討して、建御雷の男の神という音図を自覚することが出来ました。 この主観内の自覚である精神構造が、如何なる世界の文化に適用しても人類文明創造に役立ち得る絶対的真理である事を証明しようとして、伊耶那美の命のいる黄泉国へ高天原から出て行き、そこで整備された高天原の精神文明とは全く違う未発達・不整備・自我主張の黄泉国の客観的文化を見聞きして、驚いて高天原へ逃げ帰りました。 逃げ帰る道すがら、伊耶那岐の命は十拳(とつか)の剣の判断力で黄泉国の文化の内容を見極め、黄泉国の客観世界の文化と高天原の主観的な精神文化とは同一の場では語り得ないという事実を知り、同時にその客観世界の文化を摂取して、高天原の精神原理に基づいてその夫々を世界人類の文明の創造の糧として生かして行く自らの精神原理(建御雷の男の神)が立派に役立つものである事をも知ったのであります。 以上簡単に述べました事実を踏まえながら、伊耶那岐の命は自ら体験した黄泉国の文化の内容を、世界人類の文明創造に組入れて行く行法を「禊祓」という精神の学問、即ち言霊原理として体系化する作業に入って行きます。更に申しますと、右の状況を踏まえる事、同時に伊耶那岐の大神の立場に立つ事、言い換えますと、伊耶那岐の命の高天原の原理を心とし、黄泉国の伊耶那美の命の心を自らの身体と見る伊耶那岐の大神の立場に立つ事という二つの条件を満たした時、初めて「禊祓」の大業が成立することとなります。これよりその作業の実際について解説して行きます。 かれ投げ棄(う)つる御杖に成りませる神の名は、 杖(つえ)とは、それに縋(すが)って歩くものです。その事から宗教書や神話では人に生来与えられている判断力の事を指す表徴となっています。投げ棄つる、とは投げ捨てる事ではなく、物事の判断をする場合にある考えを投入する事を言います。判断の鏡を提供する意味を持ちます。 衝き立つ船戸(つきたつふなど)の神。 衝き立つ、とは斎き立てるの謎です。判断に当って、その基準となる鏡を掲げることであります。その鏡とは何なのかと言いますと、先に伊耶那岐の命が五十音言霊を整理・検討して、その結論として自らの主観内に確認した人間精神の最高構造である建御雷の男の神という五十音言霊図であります。船は人を運ぶ乗物です。言葉は心を運びます。その事から言葉を船に譬えます。神社の御神体としての鏡は船形の台に乗せられています。でありますから、船戸の神とは、船という心の乗物である言葉を構成する五十音言霊図の戸、即ち鏡という事になります。衝き立つ船戸の神とは、物事の判断の基準として斎き立てられた五十音言霊図の鏡の働き(神)という事になります。此処では建御雷の男の神という五十音図の事です。 禊祓という行法の作業の基準として斎き立てた建御雷の男の神という五十音言霊図の事を衝き立つ船戸の神と呼びます。という事は、建御雷の男の神と衝き立つ船戸の神とは、その内容となる五十音言霊図は全く同じものであり、その現われる時・処によって名前が変わるだけという事になります。では何故建御雷の男の神という一つの神名で終りまで押し通さないのでしょうか。そこに古事記神話の編者、太安万侶の深謀が窺えるのであります。この事について説明を挿し挟む事とします。 右のように書きますと、伊耶那岐の大神が自らの心の中に斎き立てた衝き立つ船戸の神が、前に出て来ました建御雷の男の神であるという事が自明のように思われるかも知れません。けれど実際には古事記神話の何処にもそんな記述はありません。また同時に言えます事は、これから後の言霊百神を示す神話の中に衝き立つ船戸の神という神名が唯の一つも出て来ないのであります。言霊布斗麻邇の学問の結論となる「禊祓」の行法の判断の基準として不可欠な衝き立つ船戸の神の正体を明らかにせず、また禊祓の実践の最中にもその神名さえも書かず、ただ実践の最初にのみ「投げ棄つる御杖に成りませる神の名は、衝き立つ船戸の神」と一度だけ書いた太安万侶の意図は何処にあったのでしょうか。 それは禊祓と呼ばれる言霊布斗麻邇の学問の総結論に導くための人間精神の最高の行法が、単なる自我を救済する自利の道ではなく、また自分と相向う客観としての他を救う単なる利他の道でもなく、自らに相対する他を包含した自分、即ち客体と一体となった主体である宇宙身自体を清めるというスメラミコトの世界文明創造の業である事を後世の日本人に知らせるための太安万侶の大きな賭であったのでありましょう。何故なら伊耶那岐の大神の宇宙身である御身という意味を理解しない限り、後世の人々が想像だに出来ない禊祓の真意義を説くに当って、太安万侶は古事記の神話という謎物語の中での最大の謎をここに仕掛けたのであります。それは考えに考えた末の決断であったのです。「知らせてはならず、知らさいではならず、神はつらいぞよ」という大本教祖のお筆先はこの事情をよく物語っていると言えましょう。衝き立つ船戸の神の内容が建御雷の男の神であるという事は、古事記神話全体の文章の流れの把握によってのみ言い得る事なのです。 さて伊耶那岐の大神は御杖に続いて自分の身につけているものを次々に投げ棄ち、合計五神が誕生します。これ等の五神は禊祓の実行のため基準の鏡となる衝き立つ船戸の神とは違い、伊耶那岐の大神が自らの身体として摂取する黄泉国の文化を、その内容について詳しく調べる為の五つの条項を示す神名なのであります。その一つ一つについて解説をして参ります。 次に投げ棄つる御帯(みおび)に成りませる神の名は、道の長乳歯(みちのながちは)の神。 次に御帯を投入しますと、道の長乳歯の神が生まれました。道とは道理という事。長乳歯とは、子供の生え揃った歯が一本も欠ける事なく長く続いて並んでいるの意であります。投げ棄つる御帯の帯とは緒霊の意で、心を結んでいる紐という事から物事の間の関連性を意味する事と考えられます。そこで道の長乳歯の神とは、摂取する黄泉国の文化の内容の他との関連性を調べる働きという事になります。黄泉国の文化が他文化とどの様な関係を持っているかを調べる働きが生まれて来たという事になります。 次に投げ棄つる御嚢(みふくろ)に成りませる神の名は、時量師(ときおかし)の神 古事記の或る書には御嚢を御裳(みも)と書いてあるものがあります。そこで誕生する神名が時量師の神という事となりますと、御嚢より御裳の方が正しいように思われます。また時量師の神を時置師(ときおかし)の神と書いてある書もあります。これはどちらでも同じ意味であります。そこで御裳(みも)として説明して行きます。 裳(も)とは百(も)で、心の衣(ころも)の意となります。また裳とは昔、腰より下に着る衣のことで、襞(ひだ)があります。伊耶那岐の大神の衣である天津菅麻(すがそ)音図は母音が上からアオウエイと並び、その下のイの段はイ・チイキミシリヒニ・ヰと並び、イとヰの間に八つの父韻が入ります。この八つの父韻の並びの変化は物事の現象の変化を表わします。そして物事の現象の変化は時の移り変わりを示す事でもあります。時量師の神とは現象の変化から時間を決定する働きという事になります。 現象の移り変わりが時間を表わすとはどういう事なのでしょうか。「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ」という有名な俳句があります。冬の厳しい寒さを耐え忍んで来て、或る日、ふと空を見上げると、庭前の梅の木の枝の先に梅の花が一輪蕾を開かせようとしているのが目に止まりました。まだ寒さは厳しいが、梅の花が咲こうとする所を見ると春はもうそこまで来ているのだな。そう思ってみると、朝の寒風の中にも何処となく春の気配の暖かさが膚に感ぜられるような気がする、という感じの句です。つい先日まで枝の先の梅の蕾は固く小さかったのに、今朝は一輪が咲き初めて来た。「あゝ、春はもう近いのだ」と季節の移り変わりを知ります。物事の現象の変化が時を表わすとはこの様な事であります。「桐一葉 落ちて天下の 秋を知る」の句は更に強烈に秋の季節の到来を告げています。 以上のように物事の姿の変化のリズムが時の変化だという事が出来ます。物事の姿の変化という事がなければ、時というものは考えられません。実相の変化が時の内容であると言う事であります。人間が日常経験する大自然の変化、また人間の営みの変化にも、それぞれ特有の変化のリズムが見てとれます。このリズムを五十音言霊図に照合して調べ検討する働きを時量師の神というのであります。私達がアオウエイ五次元相に現われる現象の変化のリズムを八父韻の配列によって認識する働きの事です。 ここでウオアエイの各次元に働きかけ、適合する時量師(時置師)の父韻配列を列挙して置く事にしましょう。 言霊ウ次元 キシチニヒミイリ 天津金木音図 オ次元 キチミヒシニイリ 赤珠音図 ア次元 チキリヒシニイミ 宝音図 エ次元 チキミヒリニイシ 天津太祝詞音図 イ次元 チキシヒミリイニ 天津菅麻音図 宇宙から種々の現象が現われて来ます。その現われて来る現象を唯一つの現象として特定化するのは、宇宙の内容を示す五十音言霊図の中の縦の母音の並びによる次元、横の父韻の変化に基づく時間、両者の結びによる空間の場所、即ち時・所・位(次元)の三者によって行われます。それ故現象(実相)には必ず時処位が備わっています。古事記には時量師の神しか書かれてありませんが、実際には処量師、位量師もある筈であります。その事から時間とは空間の変化であり、空間は時間の内容という事が出来ます。時間のない空間はなく、空間のない時間はありません。そして時間も空間もアオウエイと畳(たたな)わる次元の中の一つの広がりについて言える事であります。時間と空間は次元の一部であるという事です。これ等のことは、宇宙の全容を示す言霊五十音図表について考えれば一目瞭然であります。その時間と空間の畳(たたな)わりが次元宇宙なのです。 次に投げ棄つる御衣(みけし)に成りませる神の名は、煩累の大人(わずらひのうし)の神。 御衣とは衣の事で、心の衣である五十音言霊図の事です。煩累の大人の神とは、煩累が意味がアイマイで、不明瞭な言葉のことであり、大人とは家の主人のこと、その神名全部で五十音言霊図に参照してアイマイで意味不明瞭な言葉を整理・検討して、その言葉の内容をしっかり確認する働き、という事であります。煩累の大人の神を和豆良比能宇斯能神と書いた古事記の本もありますが、意味は同じであります。 次に投げ棄つる御褌(みはかま)に成りませる神の名は、道俣(ちまた)の神。 褌(はかま)とは腰より下にはいて、股(また)より下が二つに分かれている衣類のことです。道俣(ちまた)も道の一点で、二方向に分かれる場所のことです。物事の内容を明らかにするには、上下・表裏・陰陽・主客・前後・左右・遅速等の分離・分岐等の事実を明らかにする必要があります。道俣の神とは言霊図に照合して物事の分岐点を明らかに確認する働きのことであります。 次に投げ棄つる御冠(みかかぶり)に成りませる神の名は、飽咋の大人(あきぐひのうし)の神。 冠(かがふり)とは帽子のことで、頭にかぶるものです。五十音図で言えば一番上のア段に当ります。物事の実相はアオウエイ五次元の中のア段に立って見ると最も明らかに見ることが出来ます。芸術がア段より発現する所以であります。飽咋の大人の神の飽咋(あきぐひ)とは明らかに組む霊(ひ)の意です。物事の実相を明らかに見て、それを霊(ひ)である言霊を以て組むの意となります。大人とは主人公の事。御冠である五十音図のア段と照らし合わせて、物事の実相を言霊で明らかに組んで行く働きという事です。 以上で禊祓の行を実行する基準となる衝立つ船戸の神(建御雷の男の神)と、摂取する黄泉国の文化を整理・検討して、その内容や実相、また時処位等を明らかにする五つの働き(道の長乳歯の神・時量師の神・煩累の大人の神・道俣の神・飽咋の大人の神)を解説いたしました。これ等六神の謎解きについては御理解を得られた事と思います。これまでのお話で禊祓を行う下準備は完了しました。これよりいよいよ禊祓の実行に取りかかる事となりますが、その実行する手順と手続きの内容を示す神名が極めて難解であります。先に詳細に説明申上げました「伊耶那岐の大神」と「御身(おほみま)」という事の意味を理解しませんと、禊祓の行の始めから終りまでが宙に浮いてしまうように、何の事かさっぱり分からなくなります。頭の中でただ理屈の上で考えて頂くだけではお分り難い事となります。是非読者御自身が禊祓の実行者の立場に立ったつもりになって、言い換えますと、読者御自身が「伊耶那岐の大神」になられ、その御自身の「御身」を禊祓なさるおつもりでお聞き願い度いと思います。そういう事で古事記の文章を先に進めます。 次に投げ棄つる左の御手の手纏(たまき)に成りませる神の名は、奥疎(おきさかる)の神。次に奥津那芸佐毘古(なぎさびこ)の神。次に奥津甲斐弁羅(かいべら)の神。次に投げ棄つる右の御手の手纏に成りませる神の名は、辺疎(へさかる)の神。次に辺津那芸佐毘古(へつなぎさびこ)の神。次に辺津甲斐弁羅(へつかいべら)の神。 以上六つの神名が出て来ました。読んだだけではその神名が何を示すものなにか、全く見当もつかない名前であります。先ずその名の文字上の意味から考えることにしましょう。六神名を読んで分かります事は、一番から三番目までの神名のそれぞれの頭に付けられている奥、奥津、奥津と、四番目から六番目までの神名にそれぞれ付けられている辺、辺津、辺津の文字を取り去りますと、一番目と四番目が疎(さかる)、二番目と五番目が那芸佐毘古、三番目と六番目が甲斐弁羅とそれぞれ同じ神名という事になります。この事を先ず頭に入れておいて解釈をすることとしましょう。
(以下次号) |